大みそか恒例の「第71回NHK紅白歌合戦」(後7時30分)が、今年は史上初めて無観客で開催される。前代未聞の事態だが、紅組の最多出場回数を誇る歌手・石川さゆり(62)は「来る年は楽しいよ! また来年が楽しい年になりますようにという紅白を目指したい」と前向きに意気込む。今年で43回の出場を決めた石川が見てきた紅白の夢舞台の景色や込めた思いとは―。(水野 佑紀)
【一覧表でさらに詳しく!】石川さゆりの紅白歌唱曲
「不思議なもので、全然緊張しなかった。『私が小さい頃に途中から半分寝ながらも見ていたのがここか~』と。当時、紅組は赤のブレザー、白組は白のブレザーを着て入場行進し、そのリハーサルもしました。デビューして5年目でしたし、紅白に出場することが歌い手の目標。だから、とってもうれしかったです」
初出場時19歳だった石川は、故・阿久悠さんの壮大な歌詞を表現豊かに歌い切った。
「夢中で歌っていましたね。九州の生まれなので、雪国のどんなところだろうと、取材も兼ねて青森に何度も行きましたが、かもめは元気でしたね(笑い)。全然凍えそうじゃない。でも、夜行列車から降りた方たちは無口で移動していた。寒いので湯気がパーッと上がっていて、スケール感がすごいと感じました」
86年、28歳で初めて紅組のトリを務めた。対戦相手は森進一。歌ったのは「天城越え」だ。
「その頃は家族みんなで紅白を見て除夜の鐘を聞くというのが大みそかの過ごし方だった。テレビはもっと優先度が高かったと思います。そこでスタッフを含め、作詞作曲の先生方も紅白で石川さゆりにこの歌を歌わせようという熱い思いをいただいてできた歌です」
「天城越え」と「津軽海峡―」はともに紅白で11度披露。「天城越え」は米大リーグで活躍したイチローさんが2008年から打席登場曲にしたことも話題になった。
「『天城越え』と『津軽海峡』を交互に歌っていますが、イチロー選手が大リーグで(メジャー通算3000安打を)記録した年(16年)に『天城越え』を歌えたことはいい思い出ですね。初出場で『津軽海峡―』を歌った景色も一生忘れることはないでしょう」としみじみ振り返る。
初の大トリを務めたのは、89年。平成に元号が変わった節目で放送時間も4時間25分に拡大し、2部構成の特別スタイルになった。その年のヒット曲「風の盆恋歌」で締めくくった。
「年号が変わるという初めての体験。新しい日本の夜明けを紅白で大トリとして務めさせていただき、うれしさはもちろん、この時は緊張がありました」
紅組では歴代最多の出場回数を誇る。「はっと気づくと、自分より古い人が紅組にはいない。新人の方に『大丈夫?』『頑張ろうね』と言葉をかけて迎える紅白になった」
“先輩”として積極的に他のアーティストと接することで、新たな出会いもあった。
「歌い手も全部のジャンルが集合する。意気投合してリハーサルでしゃべって一緒に(曲を)作った方もいる。紅白をきっかけに、新たに歌が生まれることはステキですよね」。紅白の舞台裏で出会った椎名林檎(42)らと異色のコラボも実現した。
また、その年に活躍した著名人と会えるのも紅白ならでは、という。
「うれしかったのは、(93年の)オープニングで、きんさんぎんさんに会えたこと。普段だったら絶対に会えないのに。紅白は国民みんなのもので、いろんな方たちに会えるのは、楽しいですよね」と笑顔を浮かべた。
昭和、平成、令和の時代で紅白に出場。変わりゆく番組のあり方に「さみしさはない」とキッパリ答えた。
「初出場した時は全員がNHKホールで紅組、白組と代わりばんこに出てきて、本当に“合戦”だった。紅白で引退されていった方など自分の転機を合わせる場でもありました。その後、中継も増えて、平成の終わりから令和に向かって、どんどんカーニバル的な色合いに変わっていきました。高度経済成長と言われた頃も、バブルがはじけた時も歌は生活の中で生きてきた。それぞれの時代にあった歌やパフォーマンスがありますし、世の中の空気感も変わっていますから」
未曽有の一年の締めくくりに立つ夢舞台。改めて、紅白とは石川にとってどのような場所なのか―。
「歌い手も人間ですから、いろんなものを背負っている。だから紅白は、ヒューマンドラマ歌謡祭みたいな場所。一年の決着をつける場でもあり、決意表明もある。本気度を出した時の歌は面白いじゃない。特に今年は疲れている歌い手なんていないですから。悶々(もんもん)としてもっと歌いたい、来年に向かうぞという人ばかり。いつもの紅白もエネルギーはあるけど、今年は違う思いを込めたエネルギーが発揮されると思うので、皆さんもテレビの前で楽しんでいただけたら」
43回の紅白出場の中でも、今年は特に困難な一年だった。だからこそ、万感の思いでステージをやり遂げると誓った。
今年も石川が紅白のステージに立つ。石川の伸びやかで力強い歌声を聴かないと、年を越せないと思う人も多いのでは。だが今年、会場のNHKホールには、観客が一人もいない。見たこともない光景。しかし、石川の心は躍っていた。
「今年、幕が開いた瞬間の皆さんの『わー』という歓声はありません。日本、世界中がこの状況の中では仕方ないこと。今年、満足に音楽活動をした歌い手はいないと思うんですよ。ファンの方も楽しむ場がなくなっていた。大みそかは、今年グーッと閉じていた扉をみんながパーンと開いて、今年に込めた思いを届けられたら」と目尻を下げた。
本番まで1か月を切った。現在はスタッフらとの打ち合わせの最中。既に例年との違いがあるという。
「それぞれのスタッフも感染対策を一生懸命考えて、密にならないようにしています。打ち合わせのスタッフも少人数。NHKホールに入れるスタッフの数もすごく制限するようですね。楽屋見舞いができないのは、もはやエンターテインメントの常識ですよ。本当はお越しいただきたいのですが、今年は絶対にできません」
新型コロナの感染者をゼロに抑えることが鉄則。厳しい制約もあるが、楽しみにしていることもある。
「まだデビューされずに初出場を決めた方もいるとか。NiziUさんとお目にかかれるのかな、と楽しみにしております」
今年6月に結成し、異例のデビュー前に初出場の切符をつかんだ9人組ガールズグループ「NiziU」の名を挙げた。
1977年、「津軽海峡・冬景色」で初出場を果たした。デビュー5年目での大舞台は「とても輝かしいキラキラした会場」と振り返る。
◆来月27日新曲発売
石川は来年1月27日に127枚目のシングル「なでしこで、候う/何処へ」をリリースする。「何処へ」は、役所広司(64)主演の映画「峠 最後のサムライ」(来年6月18日公開、小泉堯史監督)の主題歌で「どちらも違った味わいがあり、皆さんに楽しんでいただけると思っております」と自信を見せた。来年1月17日に大阪・フェスティバルホールでコンサートを再開させ、2月22日から全国ツアーを行う。
◆石川 さゆり(いしかわ・さゆり)本名・石川絹代。1958年1月30日、熊本市生まれ。62歳。73年「かくれんぼ」で歌手デビュー。77年「津軽海峡・冬景色」で日本レコード大賞歌唱賞を受賞。81年に元マネジャーの馬場憲治氏と結婚、89年に離婚。2018年に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、19年に紫綬褒章を受章。代表曲は「天城越え」「風の盆恋歌」「夫婦善哉」など。
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